名古屋高等裁判所 昭和56年(ネ)65号 判決 1983年3月29日
昭和五六年(ネ)第六五号事件控訴人・
同年(ネ)第九五号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)
小川憲司
右法定代理人親権者父
小川信胤
同母
小川佳代子
右訴訟代理人
関口宗男
昭和五六年(ネ)第六五号事件被控訴人・
同年(ネ)第九五号事件控訴人(以下「第一審被告」という。)
岐阜市
右代表者市長
蒔田浩
右訴訟代理人
土川修三
右訴訟復代理人
南谷幸久
南谷信子
主文
原判決中第一審被告に対し金五七五万二二一〇円及び内金四五五万二二一〇円に対する昭和五三年二月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消す。
右取消しにかかる第一審原告の請求並びに当審における拡張請求を棄却する。
第一審原告の本件控訴及び第一審被告のその余の控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。
事実
第一審原告は第六五号事件につき「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告は第一審原告に対し金七四八万七九五一円及び金九四八万七九五一円に対する昭和五三年二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び右第二項につき仮執行の宣言を求め、第九五号事件につき、第一審被告の控訴棄却の判決を求めた。
第一審被告は第九五号事件につき「原判決中第一審原告勝訴の部分を取り消す。第一審原告の講求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第六五号事件につき、第一審原告の控訴及び当審における拡張請求棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書中「信胤」を「信胤」に改める。)のとおりであるからここにこれを引用する。
一 第一審原告
1 原判決書五枚目表一一行目中「本件症状」から同裏四行目中「となる」まで(原判決書請求原因3項(二)の逸失利益についての主張)を「昭和五四年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者学歴計年令計の平均給与額は金三一六万五九〇〇円であり、右によつて本件逸失利益を複式ライプニッツ計算法により算出すると次のとおり金一九三一万五一八七円となる」に改め、同二〇枚目表計算表(1)の計算式を次のとおり改める。
3,165,900×0.45×(18.6334−
(年収) (喪失率)(55年の係数)
5.0756)=19,315,187
(6年の係数)
2 原判決書六枚目表二行目中「二〇〇万円」を「二五〇万円」に、同三行目中「二四七九万二九〇九円」を「三〇一六万八六七五円」に、同五行目中「二四七九万二九〇九円」を「三〇一六万八六七五円」に改める。
3 控訴人の後記主張はすべて争う。当時クラブは一九であるのと対比し、教員は三年生の担任四名を除いても二五名おり、その時の状況に応じて弾力的に配置することは可能であり、クラブ数を減らし統合することによつても教諭を配置することは可能である。
二 第一審被告
1 第一審原告の主張1、2項は争う。逸失利益の算定は事故発生当時において公表された最新の賃金センサスによるべきであるから、本件の場合昭和五二年度賃金センサスによるべきであり、昭和五四年六月調査し、昭和五五年に公表された昭和五四年度の賃金センサスによるべきではない。また労働喪失率についても、第一審原告は体格(身重一六四センチメートル、体重58.5キログラム)視覚能力(右眼明暗度識別程度、左眼2.0)で、一般の高校一年生と何ら孫色なく、難関といわれる岐阜市内の高校中第一群の岐阜高校に進学している現状をみるとき、将来の労働喪失率は四〇パーセント以下をもつて妥当とする。
2 本件事故の発生につき校長に過失責任の存しないことは以下主張するとおりである。
(一) 学校長は本件事故の発生を予見し得なかつたものである。クラブ活動は児童の自主的活動を目的とするものであるから、児童によつてクラブ活動が進行するように指導しており、本件クラブもその活動の当初からすでに一年を経過し、当時完全に自主活動が続けられていた。右のような状況のもとにおいて、当時何ら悪い玩具が流行していたこともなく、漫画クラブの活動に何らの懸念もなかつた以上、教諭が僅かの時間教室を空けることを知り、教諭を配置しなかつたとしても学校長に注意義務の欠缺があつたということはできない。
(二) 学校長に本件事故の発生を回避し得る余地はなかつたものである。
昭和五三年度の加納小学校の教員の人数は、校長以下三一名で校長、教頭はクラブ活動を担当しないので二九名の教員が一九のクラブにそれぞれ一ないし二名が全員配置され、本件当日のクラブ見学の際、三年生の担任である四名の教諭は当然除かれることとなるので、物理的にクラブ教室に配置することは不可能となり、クラブを統合しようとすれば思慮分別の乏しい児童が増加し、却つて危険性を増大させる結果となり一人の教諭により完全に監視または制止し得ない状況となる。右のような状況のもとにおいて、児童に対する安全を確認するためには危険性を伴うクラブ活動、例えばスポーツクラブ、機械器具・刃物等を使用するクラブ、人数の多いクラブ等に教諭を配置し、危険の伴わない本件漫画クラブには教諭を在室させず、クラブ見学の監督に向けることは当然の措置であり、校長に何ら注意義務の欠缺はない。
三 証拠関係<省略>
理由
一当裁判所は、第一審原告の本訴請求を、第一審被告に対し、金一六九二万八五一四円及び右金員の内金一六一二万八五一四円に対する昭和五三年二月二三日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当として認容し、その余を失当として棄却すべきであると判断するが、その理由は、次につけ加えるほか、原判決理由(原判決書一〇枚目裏四行目から同一八枚目裏五行目まで。)と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原判決書一〇枚目裏九行目中「ところ、」の下に「学校教育法は学令児童の保護者に就学義務を課し(同法二二条一項)児童を登校させ教育を受けさせる義務を負わせ、校長及び教員は右義務教育に関連し、学校の教育活動又はこれと密接不離の生活関係の場において、監督義務者に代わり児童の保護監督にあたり、その必要に応じ学校教育の効果を十分に発揮させるため児童に懲戒を加えることもできる(同法一一条)権限を有するとともに、小学校児童に対する自己の行為の責任を弁識する能力に乏しく、また、他人による危害から自己を防禦する能力にも不足しているのが一般であるから、教育活動中における児童の生命身体の安全の確保については万全の注意を払う必要があるものというべく、」を加え、同一四枚目表八行目中「学校の」から同九行目中「者は」までを「校長は学校の運営に関し、教職員に対する指導監督権を委ねられた者として、長田教諭は漫画クラブの指導担任者として」に改め、同裏三行目中「によつては」の下に「突飛な悪戯が他の児童の」を、同行中「結びつく」の下に「事態の生ずる場合のある」を、同四行目中「をいたし、」の下に「このことを予測して」を加え、同行中「かような」から同五行目中「べきであつた」までを「監督者を欠いたままクラブ活動が行われる事態となるのを回避するため、校長において当日の授業計画にあわせ他の教員を配置して指導監督にあたらせ、教員数に不足を来たすときは適宜単位クラブ活動を統合する等して、監督者不在の状態の解消を図るため必要な措置を講じ、また担任の長田教諭においても、他の教員に児童の指導監督を依頼し、あるいは当日のクラブ活動を開始するにあたり、自らまたは他の教員を介し、児童に対し、その不在中にクラブ活動の本来の目的にそい、児童が自主的にその活動を行い、指導教員の指導監督が直接なされないため、これによる児童間の恣意的な行動が行われることのないように厳重な指示、訓戒を与える等適切な方法をとり、もつて事故の発生を未然に防止すべき義務がある」に改め、同八行目から九行目にかけて「とらなかつたため」とあるのを「とることなく、また長田教諭においてもその担当する漫画クラブの児童らに対し事故防止の観点から何ら適切な措置をとることなく、児童のみによるクラブ活動を行わせた過失により」に、同九行目中「校長」の下に「及び長田教諭」を加え、同一一行目中「(及び長田教諭)は」を「及び長田教諭には」に、同一五枚目表一行目中「前示の」から同五行目中「あるから」までを「前判示のとおり校長及び長田教諭に課せられた児童の指導監督、安全保護義務につき懈怠があり、右注意義務違反と児童の行為によつて生じた結果との間に相当因果関係が存すると認められる以上」に改め、同九行目中「免責されるものではない」を「過失がなかつたということはできないし本件証拠上校長及び長田教諭において本件事故の発生を回避するため適切な措置を講ずることが不可能であつたと認めるに足る事情を窺うことができない。なお最高裁判所第二小法廷昭和五八年二月一八日判決(同裁判所昭和五六年(オ)第五三九号)では、中学校の課外クラブ活動について右クラブ活動が希望する生徒による自主的活動として本来生徒の自主性を尊重すべきものであることを前提としてクラブ活動中における学校事故につき学校側に責任のない旨の判示がされているが、本件のように正規の教育活動として小学校の教諭が直接指導にあたる小学校児童のクラブ活動における場合とは事案を異にし、本件につきこれによることは適切ではない。」に改め、同末行中「校長」の下に「及び長田教諭」を加え、同一五枚目裏一行目中「前項に」から同二行目中「までもなく、」を削り、同一七枚目表五行目中「信胤」を「信胤」に、同裏二行目中「賃金センサス」から同五行目中「である」までを「昭和五四年度の賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者の新高卒一八才から一九才までの男子労働者の平均月間きまつて支給される現金給与額は金一〇万九七〇〇円で、年間賞与その他特別給与額は金九万二〇〇〇円であることは当裁判所に明らかであり、右によると、年間給与総額は一四〇万八四〇〇円となるから、第一審原告が前記のような身体障害を受けなければ就労可能と認める六七才までの稼働期間を通じ毎年少くとも右の程度の収入を得ることができたものと推認するのを相当とする。」に、同八行目中「より」から同九行目中「方式」までを「ホフマン方式」に、同一八枚目二行目中「一六三四万八二三六円」を「一一七九万六〇二六円」に改め、同添付別紙計算表(3)の記載を次のように改める。
1,408,400×0.40×(26.0723−
(年収) (喪失率)(55年のホフマン係数)
5.1336)=11,796,026
(6年のホフマン係数)
2 原判決書一八枚目裏二行目から三行目にかけて「二〇六八万七二四円」とあるのを「金一六一二万八五一四円」に、同四行目中「二〇〇万円」を「金八〇万円」に改める。
二以上によると、第一審原告の第一審被告に対する本訴請求は、金一六九二万八五一四円及びうち弁護士費用金八〇万円を除く金一六一二万八五一四円に対する本件事故の日である昭和五三年二月二三日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は失当である。
三よつて原判決中右請求を認容すべき限度を超えて第一審被告に対し、金五七五万二二一〇円及び内金四五五万二二一〇円に対する昭和五三年二月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を命じた部分は不当として取消しを免れず、右取消しにかかる第一審原告の請求、当審における拡張請求及び本件控訴を棄却し、第一審被告の本件控訴は、前示認容すべき限度を超えて第一審被告に金員の支払を命じた部分の取消しを求める限度でその理由があるけれども、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は第一、二審を通じ当事者双方の勝敗の割合を勘案してその各負担を定めることとし、主文のとおり判決する。
(舘忠彦 名越昭彦 木原幹郎)